『神様に選ばれた神様』

2020年10月7日◆成功者の教え

『神様に選ばれた神様』
皆さんは、屋久島の『千年杉』をご存知でしょうか?
この『千年杉』を見に行かれる方々の多くは、
「千年杉に会いに行く」と言うそうです。
「会いに・・!?」
杉は、「会いに行く」ではなく、
「見に行く」が日本語的には「正解」なはずですよね。
では、なぜ「千年杉に会いに行く」と言うのでしょうか?
「樹齢千年の杉」には、「神が宿っている」と
多くの人たちが思っているからではないでしょうか。
皆さんは「樹齢千年の杉」を蹴ったりできますか?
答えは、大半の方々は「NO」なのではないでしょうか。
「樹齢千年の杉を蹴るなんてバチが当たりそう・・」
と思うからです。
私も千年も生きている杉には
「神」や「神のようなもの」が「宿っている」と思います。
では、「神が宿っている」としたならば・・
それは、一体「いつから宿った」のでしょうね。
樹齢五百年頃?
百年頃?
五十年頃?
「宿った」としたならば、
それは、「芽生えた時から」ではないでしょうか。
では、「芽生えた時から神が宿る」というのであれば、
わざわざ屋久島の「千年杉」に会いに行かなくとも、
今、そこの道端にある「草木」にだって
「神が宿っていても」おかしくはありませんか。
また、もし「道端の草木」にも、
「神が宿っている」としたならば
あなたや、あなたの周りの方々にも、
「神は宿っている」のではないでしょうか。
神社に行った時に、社の中を覗いてみてください。
きっと、真正面に鏡が祀ってあるはずです。
その鏡の中を、しっかりと見てください。
鏡に映った自分がいるはずです。
その映っている自分が「神」なのではないでしょうか。
神様は、「そこに映っている
『あなた自身』が神なんですよ」って
言っているのではないでしょうか。
手を合わせて、神様を拝むということは、
自分で自分を拝むということなのです。
私たちは、数百億、数千億のご先祖様を経て、
今、ここに生きているのです。
しかも、そのご先祖様の誰か一人が欠けても、
私たちは、この世に存在しなかったのです。
そう考えると、「これは奇跡」なのです。
こんな奇跡の中から産まれてきたのですから
私たちは神様から選ばれた「神」なのです。
そして、私たちは「神」なのですから、
どんな夢も叶えることができる能力と
どんなことも、やり遂げられる知恵が
備わっているはずなのです。
それが叶わないとしたならば・・
それをやり遂げることができないとするならば・・
それは、「神である自分」を
信じていないからではないでしょうか。
ですから、先ずは、この世に生かされていることに
「ありがとう」と感謝をし、
「私にはできる」
「私には、その夢を叶えられる素晴らしい能力がある」と
言葉に出して、自分を信じましょう。

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◆成功者の教え

Posted by Toshi